価値競争の時代
売っているものが同じでも、顧客が買っているものが違うというのは、マーケティングの世界では当たり前のことで、それは「ベネフィット(便益)」や「コト」や「価値」という概念で語られてきた。
近年では、売っているその製品やサービスではなく、そこから得られる価値がモノの価格を決めているといえる。それは、現在多くの分野においてモノのコモディティ(汎用品)化が急速に進み、モノ単体だけではそのモノが持つ基本価値以上に利益を上げることが困難になっているからである。
図が示す経済価値の進展と退化は、提供する製品・サービスに顧客にあった付加価値や機能をカスタマイズすれば、その製品・サービスの価値は高まるが、それが一般化すれば、その価値は無くなりコモディティー化を起こしてしまうということを表している。
今日顧客に支持される企業やサービスに多くが、ITC技術によるマスカスタマイゼーション[ⅰ] によって、価値を高めて「経験」ステージへ移行しているとみることができる。
図:経済価値の進展と退化
出所:出所:B. J. パインII、J. H. ギルモア『[新訳]経験経済』p.123
例えば、一杯のコーヒーを見てもコモディティーレベルでは、農産物のコーヒー豆で100グラム幾らの世界にある。それが工業製品の缶コーヒーやインスタントコーヒーに形を変えるとそこに「簡単に飲める」という価値が付加されていく、そしてコーヒーショップという場で提供されれば、それはもはや農産物でも工業製品でもない、サービスの領域に入る。
この領域においても、ドトールコーヒーやスターバックス、ホテルといった提供の場の違いから、その価格も大きく異なってくる。現在ファストフード店やコンビニ間でコーヒー戦争が巻き起こっているが、提供の「場」の意味合いやコーヒーとともに提供される付加価値について理解していれば、決して価格競争に巻き込まれることはない。
スターバックスが価格競争を傍観できるは、「自らが提供する価値は、コーヒーではなくサードプレイス[ⅱ] である」ということが理解されているからに尽きる。
[ⅰ]マスカスタマイゼーションとは、マーケティング、製造業、コールセンター、経営戦略論における用語で、コンピュータを利用した柔軟な製造システムで特注品を製造することを指す。低コストの大量生産プロセスと柔軟なパーソナライゼーションを組み合わせたシステムである。
[ⅱ]サードプレイスという概念を最初に提唱したのは、アメリカの都市生活学者のレイ・オルデンバーグで、1989年に自著『The Great Good Place』の中で、都市に暮らす人々が「心のよりどころとして集う場所」をサードプレイスと名付けた。
広島国際学院大学 情報文化学部 現代社会学科 准教授 竹元 雅彦